2014/01/19
記録に残すこと。
今日、国立民俗学博物館の竹沢さんのお話を聞いた。
ざっくりというと、日本の災害時におけるコミュニティーの重要性みたいな話。
まだ、研究対象として今回の震災が扱われることにすごく違和感があるし、最初の方で大槌町のmovie見たときとかはちょっとしんどくなった。高台から、津波にのみ込まれていく町を捉えてる構図。その動画のなかで、中学生くらいの子かな?の声がして、やっぱり何か興奮状態なんよね。「俺の家がなくなっちゃったー」って笑っとるんよね。ヒステリックな声をあげてたり、冷静だったりの映像もあるけど、やっぱりみんな何が起きたのか分からなかったし、highな状態になった人も多かったように思う。だから、それがリアルでまた怖くなった。
それで今日書きたかったのは、講演の本論ではなく…(笑)
今日の講演会で、改めて記録に残すこと大事だなって思ったの!
竹沢さんがミュージアムとかを含めて記録の大事さ話してくれたから。正直それまで、災害とかのミュージアムにはあまり肯定的に考えられてなかった。なんというか、本当に被災した本人たちは残したいと思っているか分からないしとか。
結局、その本人たちの意向についてはっきりしたわけじゃないんだけど。しかも、パブリックな記憶よりまず個人的な記録なんだけど…。いや、それが合わさって共通の記憶になるのか!ん?笑
とりあえず…
地震のとき、あたしは後から残さなきゃって思って3月11日から18日くらいまで(親が京都に来るまで)のことを手帳に書き留めた。すでに時間とか曖昧で前後してるかもだけど。
でもうちらのあのmixiのつぶやきこそ残しておけばよかった。あの妙な興奮状態と混乱と恐怖と変な連帯感と温度差と被害者意識と気取った正義と現地で必要とされたものがもろに見える。ちなみにメールとSkypeはwordにおこしてある(笑)
なにより、忘れそうで怖いから、たまにみかえす。そうだったそうだったって。
記憶ってほんとにすぐに遠くなる。とくに、あたしもhighになってたから余計に曖昧だし、数日間、今日寝たっけ?食べたっけ?みたいな状況で部屋にこもってたからそもそも時間感覚がなくなってて。
どんどん、古くなる。
ちょこちょこ引き出しておかないと。
あと、地震のあと、母から電話で今まで聞いたことないようなことたくさん話した。母のさ将来のお墓の話とかさ。本当に死を意識したんだろうなと感じた。あたしも姉も実家から離れてるし、いざというとき、なるたけ本人の気持ちにそいたい。
そういうのを話してくれるひとつの点にもなったなって思ったり。
ああ、また散文になっちゃった。
終わりが見えないので、強制終了(笑)
とにかく記録をとることの意味を再考した一日だったのでした。
思い立ったときにやるべきね。
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