2014/01/19

震災のこと(2)


震災のことに関して。
休学を決めて、APUでのテストが終わってすぐに実家のある仙台に帰ってきました。

大好きな仙台で、家族と一緒に過ごせる。
認知症のおばあちゃんの介護、ちょっとでも手助けしたい。
休学中の費用を稼ぐ。
語学、知識のインプットー休学の準備期間
ずっと長く帰れずにいた、”被災地“としての仙台と関わりたい。

こんな目標もあった。
特に、5番目の震災に関して。
京都にいるときも、大分に行っても、やっぱり私の気持ちは誰もわかってくれない、というか分かりっこないだろうって思い続けてた。
どちらにいても、周りとの温度差がいつも気に障る感じ。

前にも書いたけど、あたしは直接的に被害を受けた当事者じゃないし、だから被災地に入ってくれる人たちにああだこうだ言える立場じゃないかも知れないけど、やっぱり私の地元でもあって、中途半端で自分勝手な当事者意識がある。

だから、そういうよくわからん気持ちがありつつも、何かしなきゃ、何かしたいって思いはあった。(わたしの周りに、自分よりよっぽど足を運んでくれている友人や知人がいて、焦りというか変な悔しさみたいなのがあったのかもしれない。これまた、ほんっとに自分勝手だけど。)

それで、仙台帰って、祖父の実家のあった荒浜地区でがれき撤去や泥だし含めて農業支援やってる団体で数回だけお手伝いさせてもらいました。

けどさ、毎回、農家の人によくしてもらってそういう出会いも嬉しかったのだけど、そこは私の経験を共有するための空間ではないわけで。共有されるべきは、農家の人たちはじめ、当事者たちであって、あたしのこんな感情を聞いてもらう場所でもなんでもなくて。

あたしは何しにここに来ようと思ってたんだか、本当に勝手で、失礼だったと思って。

だから、4月に入って行かなくなってしまった。
逃げたのかな。
結局、純粋に何かしたいって言うんじゃなかったんだよね。
ただ、自分の気持ちを誰かに分かってほしいって思いだけ。

今まで、自分の感情も事実だし、誰かに聞いてもらいたいってもいいのかなって思ってたけど、やっぱり違うのかもとようやく思い始めた。

全部自分の中に閉じ込めちゃうってんじゃないけど、やっぱり、私自身がまず声を聞こうとしないことには、相手だって私の話なんか聞けないよね。

“寄り添う”ことの実践は本当に困難だとは思うけど、
ほんとに努力しようとしてなかった。

これから、ちょっとの間、仙台から離れるけれど、今度こそ、もっともっと多くの声に耳を傾けられるように、自分から努力したいと思います。うん。



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